top of page

「30年後にわかった、あの4ヶ月の意味」

  • 13 時間前
  • 読了時間: 6分

これまでに数多くの人たちが高校生交換留学プログラムに参加してきました。

今回、1996年に高校生交換留学プログラムに参加した方々が同窓会を行ったとのことでご連絡をいただきました。当時は現地研修が4カ月というプログラムがあり、その際に同じ研修だった繋がりの方々とのことです。


留学当時のことや、留学経験が今にどのように繋がっているかについて寄稿していただきました。ぜひお楽しみください。

 




留学がその後の人生に影響を与え続けることは、留学前から聞いていた。PIEE(事務局注:EIL提携団体 2009年にPIEE高校生交換留学プログラムはEIL高校生交換留学プログラムに統合されました)主催のオリエンテーションで、職員の方やOBGから「10年経った今も影響がある」と聞き、期待に胸を膨らませた。


しかし、それがまさか30年後にまで及ぶとは想像すらしなかった。そして30年ぶりに開かれた同窓会は、単なる再会ではなかった。


1996年4月。我々はアメリカ・カンザス州トピーカへと渡った。15歳から17歳の男女21人。4ヶ月という比較的長期の研修で、同じ町に暮らし、日常的に顔を合わせる環境にあった。


その時間は、語学研修という言葉では到底収まらないものだった。


友人の家に遊びに行くと、笑顔で出迎えてくれたホストが着ているTシャツが、その友人のものだった。友人は苦笑いをしていた。40度を超える暑さの中でシャワーを浴びれば、「1日に1回にしてくれ」と言われる。家族行事として連れて行かれる教会では、何を話しているのか分からない説教を延々と聞かされる。車社会の中で自由に移動もできず、誘いを断ることにも気を遣う。4ヶ月も語学研修を受けたはずなのに授業についていけず、泣きながらテストを受ける。みんなが笑っている会話に入れず、聞き返すと「Never mind」と流される。


それまでの自分が、少しずつ削られていく感覚があった。

我々はそれを、日々報告し合った。励まし合い、慰め合った。


インターネット黎明期、まだメールは普及していない。本留学に移ってからも、手紙でそれを続けた。

「自分を探しに来た留学だけど、こんなに寂しくなるなんて」

そう書かれた手紙が届く。


やがて弱音はピークを迎える。「ホストチェンジをしたい」という投げやりな言葉も出てくる。

それに対して返ってきたのは、こういう言葉だった。「ホストチェンジするにしても、とことんまで話し合ってほしいと思う」

慰めでありながら、どこか突き放すような正論でもあった。おそらくそれは、相手に向けた言葉であると同時に、自分自身に向けた言葉でもあったのだと思う。


同情や慰めは当事者同士にしかできない。しかし同時に、「こうありたい」という基準を互いに突きつけ合いながら、我々はなんとか踏みとどまっていた。


やがて終盤になると、手紙の文体が変わっていく。

「風の便りで元気にしていると聞きました。」「今、ソファに揺られてこれを書いています。」


そこには初期のような感情の揺れはない。どこか達観した、余白のある文章になっている。

状況が劇的に変わったわけではない。しかし、受け止め方が変わっていた。

それぞれが、それぞれの形で、この経験を消化していったのだと思う。


帰国後、我々は全国に散らばり、それぞれの場所で奮闘した。やがて関係は途切れ、疎遠になった。

それでも、どこかで完全には切れなかった。4ヶ月を共に過ごした仲間へのこだわりは、ずっと残っていた。


そして30年後、同窓会が開かれた。

印象的だったのは、誰一人としてこの経験を「過去」として処理していなかったことだった。

「あの時の経験があるから今がある」それは個人の感想ではなく、共有された認識だった。

そして、あの4ヶ月で何が起きていたのかが見えてきた。


留学は、不可逆な越境だ。

元の自分が通用しない環境に置かれ、自己の変容を強いられる。

4ヶ月という時間は、その後の本留学を含めた変容のプロセスを共にするための、関係性が立ち上がる臨界時間だった。新鮮さで乗り切る段階を越え、摩擦を経て、関係が再構築されるところまで到達する。

そしてその過程を、我々は共有していた。


我々が共有していたのは、出来事ではない。変化のプロセスそのもの、つまり「自分が書き換わっていく過程」だった。


同じ環境に置かれ、同じように削られ、同じように揺れながら、それでも踏みとどまろうとする。その過程を互いに見て、互いに支え、互いに言葉を投げ合いながら、少しずつ自分を立て直していく。

我々はその全体を、関係の中で共有していた。

だからこそ、その関係は消えなかった。


留学の価値はしばしば「個人の成長」として語られる。しかし、当事者からするとそれだけでは全く説明が足りない。

確かに、語学力は向上する。異文化理解も深まる。

だが、それ以上に生まれた関係の価値を強調したい。


それも単なる記憶としてではない。特定の時間と状況を共有し、その中で互いに変化したという事実として残る。

知識や経験が個人に帰属するのに対して、関係は人と人の間に成立する。そして一度成立した関係は、たとえ表面的に途切れても、完全には消えない。


ホストファザーの父は、第二次世界大戦中、トルーマン大統領の護衛をしていた人物だった。彼は当初、日本人を敵だと思っていたが、我々と出会い、その認識が変わったと語ってくれた。

ここでもまた、変容を共にした関係が存在した。

彼は死の床にあっても家族の写真と一緒に私の手紙を置いてくれていた。

国家や歴史による対立とは別の層で、人は関係を結び直すことができる。

留学とは、そのレベルで世界を接続する装置でもある。



さらに今、その関係は世代を越えて接続され始めている。私の子供、そして4ヶ月研修の仲間の子供たちが、同じプログラムに参加し、同じ土地へ向かう。しかも当時お世話になった職員の鈴木さんが、再びそれを見届ける立場にいる。

鈴木さんもまた留学OBなのだ。これは単なる経験の継承ではなく、関係そのものが時間を越えて拡張しているのである。

30年という時間は、関係を消すには十分な長さのはずである。それでも消えていなかった。むしろ、時間の中で熟成され、再び接続された。


留学の価値が30年を経て、また更新された。

留学は、個人を成長させるだけのものではない。関係を生成し、それを持続させるための仕組みであった。


そして4ヶ月という期間は、その構造が成立するための臨界時間として機能していたようだ。


1ヶ月では思い出が残る。

4ヶ月では、その後の時間を共に貫く関係の基盤が生まれる。

そして1年を経たとき、それは関係の構造として定着する。

新鮮さで乗り切る段階を越え、摩擦を経て、関係が再構築されるところまで到達する。

そのプロセスを共有した関係は、単なる記憶ではなく、構造として保持される。

だからこそ、それは消えない。


留学は、単なる個人の成長機会ではない。単なる経験でもない。それは、越境の中で変容を共にした関係が、時間を経て熟成され、次の関係を生んでいく。


30年ぶりの同窓会は、そのことを証明していた。



(写真、文:岩田俊幸

EIL高校生交換留学プログラムでは、派遣生を募集しています。

プログラムの詳細・資料請求・説明会申込はこちらから!

公益社団法人 日本国際生活体験協会(EIL)〒112-0002文京区小石川2-5-12 

TEL:03-5805-3451 FAX:03-5805-3452
Copyright © 2026 EIL All Rights Reserved.

bottom of page