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流れに乗って、自分も想像しない未来へ 高須正規さん(1993年カナダ派遣)

更新日:11月15日




 これまでに数多くの人たちが高校生交換留学プログラムに参加してきました。OB/OGたちの進路やキャリアは多岐に渡っており、それぞれの分野で活躍し、社会に貢献しています。


 今回インタビューを行ったのは、1993年にカナダ派遣プログラムに参加された高須正規さんです。高須さんは獣医学の道に進まれ、主に在来馬の研究と、ミニブタを使った再生医学の研究に従事されています。今回高須さんに高校時代の留学経験がどのようにその後の歩みに影響を与えたのか伺いました。

 


もっと外の広い世界を見てみたいと思い留学へ


Q.交換留学プログラムに参加しようと思ったきっかけを教えてください。

 私は古い家に育ちました。かなり昔の話になるのではっきりとその頃の感覚を覚えているわけではありませんが、当時の環境を窮屈に感じていたんだと思います。将来はここではないどこか、今の場所を離れて、もっと外の広い世界を見てみたいと思っていました。そうした時に高校留学という仕組みがあることを知り、留学を決めました。


Q.派遣国にカナダを選んだ理由を教えてください。

 珍しい場所に行きたかったですね。当時はアメリカに留学する人が圧倒的に多かったので、それとは違う選択をしたいと思ってカナダを選びました。派遣先はノバスコシア州でしたが、希望していた通り、現地に日本人はいませんでした。

 ちょうど私が留学する前年にアメリカに留学中だった高校生が銃殺されるという痛ましい事件が発生しました。そのこともあって、銃のないカナダのほうが周囲に心配もかけないという思いもありましたね。


言語はコミュニケーションツールである


Q.留学生活で苦労したこと・大変だったことを教えてください。

 「苦労した」という記憶はないというか、「こんなもんだな」と思っていたというのが近いかと思います。滞在先は郊外のエリアで、学校規模が小さいホストスクールに派遣されました。小学校からずっと一緒に育ってきた子たちが通っているような状況で、出来上がっているコミュニティに入っていくのは大変でしたが、それも「留学とはこういうもんなんだ」と捉えていたので、苦労したというのとは違うように思います。

 現地の人たちとコミュニケーションを取るのに十分な語学力を持って渡航したわけではなかったので、語学力の不足からくる大変さもありましたが、どちらかというと、語学力そのものというよりは、「自分の中に伝えたい言葉がない」という気付きがありました。自分の中身というか、軸みたいなものがないと人と話すことも難しく、言語はツールなんだということを肌で感じたという体験だったと思います。

 正直、周囲に対して優越感を持ちたいと思って留学を決めたという側面がありました。実際に留学してみると、そのこと自体が非常に薄っぺらい考えだと思い知りました。自分のことを薄っぺらく感じるというのは高校生の自分にとっては衝撃を受けるものでした。


Q.高校留学で一番思い出に残っていることはなんですか?

 そうですね、だいぶ前のことなので記憶も曖昧なところもありますが、何もしない時間があった、ということがよかったように思います。誤解を恐れずに言うならば、日本にいた頃の慌ただしさから解放されて、ぐうたらできたというか。

 カナダ留学でよかったのは、元々自分が生まれ育ったコミュニティを出て、何もできない一日本人高校生となったのがよかったと思っています。生きていると、所属する組織だったり、出身校だったり、職位や生まれ育ちなど、様々な属性を持ちます。属性はその人そのものではなく、あくまでも一時的なものにも関わらず、今の社会はそのことに影響されすぎていると感じています。高校留学をすることで、そうした属性を取り除いた、「ただの自分」で生きた時間があったことは、人と付き合うにあたって、属性ではなくその人の本質で付き合うようになっていることに繋がっていると思います。

 また、留学せずに日本で高校生活を続けていたら、「いい大学に進学する」ということを目指すことに疑問を持たずに邁進していたと思いますが、留学することですでに1年遅れているわけで、ドロップアウトすることが怖くなくなったのもよかったです。


考え続けられる場にいられることが幸せ


Q.高校留学から帰国した後の進路について教えてください。

 実は、私の留学が終盤に差しかかった4月に父親が亡くなりました。突然のことでしたが、人はいつかは死ぬんだという避けようがない事実を、初めて認識した出来事でした。私は元々文系だったのですが、父の死をきっかけに、「生命とはなんだ」という生命科学に興味を持ち、理系に転向しました。進学は医学か獣医学か迷ったのですが、生物学に立脚し、広くいきものを診られる獣医学を志望しました。

 元々文系だったので、数学は200点中8点というところからのスタートでした。それでよく理系を志したと驚く人もいるかもしれませんが、これも実はカナダでの経験が影響しています。カナダの数学の授業の内容が易しくて、数学を苦手だと思っていた自分でもできるんじゃないか、と思ったんですよね。もちろんそんなに甘くはなかったんですが(笑)。当然帰国した年の受験では合格せず、留学で遅れた1年と併せて二浪して入学を迎えました。


Q.これまでのキャリア変遷について教えてください。

 獣医学部を卒業して、いわゆる町の動物病院で働きました。臨床というのは、傷ついた動物たちを救えるとても崇高な世界です。でも、そこでは決められたことを決められた通りにやらなければなりません。あくまでも科学的な根拠に基づいた治療が重要ですから。

 そうした毎日を過ごしているうちに、悪い言い方をすれば、毎日の仕事が作業となってしまっていたことに気づきました。同時に、もう一度学びたいと言う気持ちが大きくなっていきました。そこで、思い切って動物病院を退職し、岐阜大学の大学院に進学することにしました。

 学術の世界はPublish or Perishと言ったり、Job is not done until the paperwork is doneといったりするように、論文を書くことが大切です。その頃すでに結婚もしていたので、追い立てられるように論文を書きました。結果的に短期間で博士号を取得でき、修了時には様々な研究機関からお声がけをいただきました。進路は迷いましたが、当時行っていた研究が面白くなっていたこともあり、そのまま岐阜大学に残りました。

 私が取り組んできた研究分野の1つに馬があります。所属研究室の教授が在来馬の保全について研究をしていて、それを手伝っているうちに、自然と跡継ぎのようになってしまっていました。実は僕は馬アレルギーなので、馬の研究はそれほど積極的ではなかったのですが、10年続けたら専門家みたいになってしまって、やめられなくなってしまいました(笑)。

 もう1つ私が取り組んでいるのが、ミニブタを使った再生医学の研究です。2010年に大学院が「若手研究者の海外派遣プロジェクト」に採択され、そのころの若手が研究科長のもとに集められました。研究の第一線はアメリカです。多くの研究者がアメリカ渡航を希望しました。研究科長はヨーロッパにも研究者を派遣したかったようですが、誰も希望を出しませんでした。それならばと「私、ヨーロッパに行きたいです」と恐る恐る発言したところ、「それならば、すぐにでも行ってくれ」と、翌々週からドイツへ3か月間、渡航することとなりました。

 ドイツでは、豚におけるクローン研究が行われていました。ドイツでは200キロを超える産業ブタを使っていましたので、お金も手間もかかるから日本で同じ研究をすることはないなと思いながらも、生殖発生工学の魅力を強く理解しました。面白いことに、帰国後、たまたま知り合いの先生から世界最小クラスのミニブタであるマイクロミニピッグを飼わないかと誘われました。

 私は「異種移植」や「臓器再生」を現実とできるように研究を進めています。2021年、「ブタの心臓をヒトに移植」したニュースをご存じかもしれません。ブタの心臓をヒトに移植するというのは、ショッキングな内容だと感じる人もいると思います。でも、世界では移植臓器の不足が深刻な問題となっています。わずかなお金のために臓器を売る貧困層、戦争の混乱に紛れて行われる人身売買、透析などによる医療費の高騰などです。

 確かに、この分野は生命倫理と切り離せない分野です。「動物の臓器をヒトに移植するなんて…」と思いの方も多くおられると思います。また動物犠牲に目をそむけたくなる方も多くおられると思います。このような分野にいると、「正しさとは何か」、「生命とは何か」、「私とはなにか」といった自問自答が繰り返されます。苦しいときもありますが、考え続けられる場にいられることがとても幸せであると感じています。

 世の中には「流れ」というのがあると思っていて、その流れに乗りながら、全力で目標に向かっていく、ということを意識しています。どこに行きつけるかわからないけれども、流れに乗っていると、自分が想像もしていなかった、遠くの面白い場所にたどり着けるものです。この流れの原点はあのカナダ留学だったな、と思うことがあります。そしてまだこの流れの旅は途中で、最終的にどんな場所にたどり着けるのか、ワクワクしています。



人生を方向づけた1年


Q.高校留学の経験は今の自分に、どのように影響を与えていますか?

 正直よくわからないですね。アップル創業者のスティーブ・ジョブズの有名なスピーチの中に、「Connecting Dots」という話があります。その時には意味がないようなものであっても、振り返ってみたら糸で繋がっているという話です。その考え方に沿っていうならば、私の人生を方向づけた1年だったかもしれないです。高校留学を上手く意味付けできませんが、私の人生における重要な1つのDotだったことは確かです。


Q.留学を考えている高校生にメッセージをお願いします。

 そうですね。とにかく誰でもかれでも行った方がいい、というものではないのは確かですから、好きにしたらいいと思いますね。

 1つ、今の自分が言えることとしては、高校生だからできる選択、というのはあると思います。年齢を重ねた今、もう一度高校留学に行けと言われても正直行けません(笑)。何もないからこそ行ける、できる自由というのはあると思うので、自分が行きたいと思うならば、行けばいいですよね。それこそ、そこに「流れ」があるならば、乗ってみてください。思いもよらないところにたどり着けるかもしれません。



高須正規さんプロフィール

愛知県西尾市出身。

愛知県立西尾高等学校3年時の1993年夏から、カナダへ留学。帰国後卒業し、1996年日本獣医畜産大学獣医畜産学部獣医学科に入学。動物病院勤務を経て、2003年岐阜大学連合獣医学研究科臨床獣医学博士課程に進学。博士号取得後、岐阜大学で研究員、助教を経て、現在、准教授。


 

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