【高校生交換留学体験談】H.T.さん(南アフリカ派遣)第3弾

 EIL高校生交換留学プログラムの2021年冬派遣プログラムは、新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、原則としてすべて中止となりましたが、一部プログラム参加の強い希望をいただいた生徒については、派遣先国の状況も見ながらプログラムを催行しています。  そのうちのお1人が南アフリカ派遣のH.T.さんです。 Hさんは交換留学プログラムの参加を強く希望し、留学に行くからには生活の様子が想像がつかないような、馴染みのない国に行きたいと、南アフリカを志望してくれました。


 今回は断食体験のことや、そしてチャリティーを通じて感じたこと、そして異なる宗教を持つ友だちとの触れあいの中で考えたこと等について書いてくれました。では、第3回のレポートをどうぞお楽しみください。

 この1ヶ月を振り返ると、楽しいこと、嬉しいことが数れきれないほどありました。けれど、それと同じ分だけ、ここで生きていく上で、知らないといけない悲しい事実も知れた月でもありました。


断食の話

 5月13日に断食が終わりました!イスラーム教のカレンダーは太陰暦に沿っているので、断食が終わる前に肉眼で月を見る必要があります。なので、断食が5月12日に終わるか、13日に終わるかは、12日の夜まで確かではありませんでした。12日の夜に、私は「断食終わった、、!!」と達成感を感じていたのですが、その後「断食は13日まで」とメッセージが届き、少しがっかり、、。けれど、無事13日も達成でき、計30日間のうち、断食が免除される日以外は全て達成することができました!

 私が断食をしたことに対して、多くのムスリムの友達が「ありがとう」と伝えてくれました。13日の夜には、一人の友達の家族が、”I’m really appreciate that you tried fasting. Thank you so much for respecting my religion it means a lot.”と、EIDの招待状とチョコレートと共にカードをくれました。(EIDとは断食の後のムスリムのクリスマスです。また、ムスリムの文化では、断食を30日達成した子供にチョコレートをあげます。)

 この言葉をもらった時、私は上手く言葉で表せないような、本当に温かい気持ちになりました。1ヶ月までは宗教に対して質問することすら怖がっていた私です。けれど、少しだけ勇気を出して質問をして見たら、みんな温かく教えてくれて、断食まで経験することができました。感謝の気持ちでいっぱいです。


 「EID MUBARAK!」 

 この言葉は、断食の後にあるイスラム教のクリスマスを表す言葉です。EID当日には、”Eid Mucarak. Have a blessed a day inshallah.”とムスリムの友達や、断食をしていた他の宗教の友達にメッセージを送ります。EIDは日本のお正月に近いものかなと思います。なのでこの言葉は、「明けましておめでとう」に当たるものかなと思います。

 EIDには親戚で集まり、伝統料理を食べたり、子供は親戚からお金をもらいます。ここで面白いことは、ムスリムの文化では年下が一番高い額をもらえるということです。日本だと、年上が高い額なことが一般的だと思うので、この違いは面白いと感じました。

 また、EIDではドレスアップをします。友達は数ヶ月前からこの日のためのドレスを考えたり、メイク室を予約したりしていました。私のホストファミリーはクリスチャンなのですが、ホストマザーのお姉さんはムスリムと結婚して改宗されていました。彼女は数年前に亡くなっているのですが、ホストマザーはお姉さんの私物を全て預かっており、ムスリムのためのスカーフやドレスをたくさん持っています。ホストマザーにEIDに行く、と伝えるとドレスを用意してくれました!



 友達の家には30人以上の親戚が集まり、EIDをお祝いしました。30人と聞くとびっくりする人数ですが、この人数が集まるのは年に1回ではありません。誕生日や断食の期間に夕飯を一緒に食べたりと、集まっています。本当に嬉しいことに、友達の家族は私を迎え入れてくれ、多くの会に招待してくれています。最近では、食器洗いや片付けも私に頼んでくれるようになり、ゲストではなく、もっと近い存在として扱ってくれることに嬉しさを感じています。



チャリティーの話

 断食の期間には多くのチャリティーがありました。私が外部で参加しているランニングクラブの人の中に、チャリティーを企画している人がいて、その人と他のメンバーと一緒に、いくつかのチャリティーをしました。断食の前にも、何回か参加をしたことがあったのですが、断食の期間にするチャリティーは何か前回とは違う感情を感じました。

 私がお昼ご飯を食べない分、その2つのサンドウィッチをシェルターに持っていき、お腹を空かせている人にあげた日がありました。私はありがたいことに、このサンドウィッチを彼らに渡しても、夜に食べるものがあります。けれど、彼らにとっては、きっと渡したサンドウィッチが、その日のたった1回の食事となります。ただ渡すのではなく、自分が食べない分を彼らに渡すことは、自分の置かれている環境のありがたさに改めて気付かされ、彼らのために何かをしたい、という強い気持ちを感じました。

 一番衝撃を受けたのは、貧しい地域の高校に朝ごはんを渡しに行った時のことです。この地域に入るには、頭にはスカーフをまき、手袋をつけ、一緒に行った大人の人の後ろにピッタリとついて動いていました。携帯やお財布、バッグは全て車に置き、食べ物だけを持ってエリアに入りました。

 地域内に入ると、いつかテレビで見たような「世界の現実」があり、何とも言えない感情で涙が出てしまいました。小さくなった靴をかかとを踏んで履いている子、ピチピチになった制服を着ている子。でも彼らは笑っていて、そして彼らはお腹を空かせていました。同じ年頃の子達が、このような環境で生活していることに、本当にショックを受けました。

 「コロナで死んでしまう前に、飢えて死んでしまう」というのは本当です。政府がコロナだから、と言って止めようとしているチャリティーを、本当に全部止めてしまったら、この国ではコロナ以上の確率で死者が出てしまうと思います。このチャリティーへの参加経験は私に大きな衝撃を与えてくれました。数週間がたった今も、ここで見た景色をふと思い出してしまいます。「知りたくなかった、ネットで知ってるくらいがよかったか」と聞かれたら少し、うなづいてしまうかもしれません。そのくらい衝撃的で、悲しい景色でした。

(↓このエリアは携帯を出せないエリアだったので写真がありません。この写真は他の日にもう少し安全なエリアで撮った写真です。奥に見えるのがSHELTERと呼ばれる場所です。)



与えることはいいことか

 1つのチャリティーに参加した後、ホストマザーが教えてくれたことは、ケープタウンには大きく分けて3つのタイプのホームレスの方がいる、ということです。

 まず1つ目は「SHELTER」と呼ばれる、仕事をして、その対価として、寝る場所と食べ物を与えられる場所に住んでいる人。運営しているのは、会社や個人とそれぞれです。けれど、与えられる食べ物は十分ではなく、SHELTERにいる人は常にお腹を空かせています。SHELTERは大小含めて、私の住んでいる地区に6つあります。サンドウィッチドライブに行くのは、この場所が多いです。ホームレスの中では一番いい暮らしができる場所と言えるのかもしれません。

 次に「SQUATTER CAMP」と呼ばれる、ホームレスの人が集まって一緒に暮らしている場所。SHELTERよりも綺麗な場所でないことがほとんどで、SHLTERには私たちも入ることができますが、SQUATTER CAMPには安全面や衛生面から入らないことが多いです。

 そして最後が橋の下や道路に住んでいる人たち。ホストマザーが言うには、彼らのほとんどは怠け者だそうです。SHELTERに行けば仕事がもらえます。それに、住宅街を歩いて、草刈りをすればお礼として食べ物を得ることもできます。けれど、彼らはお酒やドラッグを買うための現金が欲しいのです。なので、片手にカップを持ち、1日中道路に立っているのです。

 私はこの大きな区別を聞いた後、道路に立っている大人に、お金をあげることはもちろん、食べ物をあげることも間違っている、と思いました。道路にいる大人の中には働けるポテンシャルがあるのにただ怠けて働いていない人もいます。その人たちに食べ物をあげたら、彼らの働く意欲をもっとなくしてしまう。だから、食べ物をあげることは彼らを救うことにはならない、と思ったからです。

 けれど、ホストマザーは道路にいる人にも食べ物を与えます。その理由を聞くと、「道路でカップを片手に立っている人は、もしかしたら何かの病気を持っていて働くことができない人かもしれないし、もしかしたら小さな子供がいて遠くまで働きに行くことができない人かもしれない。彼らの生活状況なんて私たちは知ることはできないけど、自分に与えられる力があるのなら、食べ物を与える。それに、お腹が空いてたら何にもできないからね。」と言っていました。

 タウンに行くと、さらに道路に住んでいる人の人数が増えます。食べ物を片手にタウンにある公園を歩いていると、少し分けてください、と声をかけられることが多いです。さらに、紙袋を公園のゴミ箱に捨てると、その中に食べ物が入っていないか確認する人もいます。このように、貧富の差が大きく、街にホームレスの方が多くいるのも、ケープタウンの現実です。

 私は、ここにくる前まではホームレスや物乞いをしている人にお金はもちろん、モノをあげるのは持続的じゃない、という意見を持っていました。けれど、お腹を空かせた人を目の前した時、衝動的に「何かを渡したい」と思ってしまいます。この感情を利用して子供に物乞いをさせたり、とそういうことが起こっているのも知っています。けれど、彼らを少し信じて、この衝動的な人間としての感情を信じて、モノを与えるのも時にはいいのかな、とも、ホストマザーとの会話を通して思うようになりました。私はタウンで声をかけてきた人にピザを一切れあげたことも、食べ物を持っていたのに断ったこともあります。けれど、どちらを選んだにしても、「これで良かったのかな」と考えてしまいます。

 与えることは持続可能じゃない。これも事実です。けれど、与えないと飢えてしまう人を目の前にした時に、多くの人が人間としての衝動的な感情も生まれてくると思います。ホームレスの人に食べ物を与えることについて、皆さんの意見も聞いてみたいです。



パレスチナの話

 断食やEIDについての文章で、「イスラーム教」と聞き、現在進行形でパレスチナで起こっていることについて考えた方もいるのではないでしょうか。日本でどのくらい話題になっているのか気になり、LINEニュースをチェックしてみると、日本でも上位のニュースになっていることが分かりました。

 今回の一連の騒動に関する記事は、どれが確かなものなのか私にはわかりません。パレスチナが石をイスラエル警察に投げて始まった、と書かれているものもあれば、イスラエルが攻める理由を作るためにパレスチナが石を投げた、と言っているものもあります。私はどちら側にも立ちたくないので、リンクは貼らないことにします。


FREE PALESTINE

 私はランニングクラブの人と一緒に、# freepalestineを掲げ、小さなマーチをしました。マーチの途中、涙を流している人や、足を止めてお祈りをしている人もいました。


 けれど、私はこのマーチの後、とても複雑な気持ちになりました。複雑な気持ちになった理由は、この行動が1人のユダヤ教の友達を傷つけていることを知ったからです。

 ある日、教室に着くと2人の友人を中心に、クラスメイトが輪を作り、真剣な雰囲気の中話し合っていました。何かあったのかと輪の近くに行くと、彼女たちの目は涙ぐみ、お互いの気持ちを話しあっています。彼女たちが話し合っていたことを簡単に書くと、その前日は1人のクラスメイトの誕生日でした。彼女はユダヤ教を信仰しています。そして、そのユダヤ教の友人の誕生日をイスラーム教の友人が、インスタグラムで写真と共にお祝いしました。ここまでは、宗教どうこうの話ではなく、ただ友達同士で行われた誕生日の祝福です。

 問題になっていたのは、イスラーム教の彼女がユダヤ教の彼女の誕生日について書いたストーリーの後に、パレスチナについての記事を投稿したことでした。イスラーム教の彼女の思いは、パレスチナで起こっている事実を少しでもシェアし、署名運動を進め、パレスチナの人を救うムーブメントを起こしたい、というものです。彼女の思いは、ただ、そこに生まれたというだけで、生きる場所を制限されている人たちを救いたい。彼らを救いたい。自分もその1歩のきっかけを作りたい。ただそれだけです。

 一方、ユダヤ教の彼女の思いは、パレスチナについての記事をみると心地が悪い、というものでした。パレスチナを攻撃しているのは、ユダヤ教徒が人口の多くを占めるイスラエルです。元々イスラエルおよびパレスチナで起きている問題は宗教間の問題ではなく、領土問題です。しかしながらいくつかの記事では、ユダヤ教徒が〜、イスラーム教徒が〜、と主語が宗教名になっているものもあり、そこに所属する人、全員を否定するような書かれ方をしている記事まであります。記事をシェアしている人が、もし「ユダヤ教徒」という言葉を使っていても、それは「パレスチナを攻撃しているユダヤ教徒」を指しているのであって、所属している全員を否定しているわけではありません。それはユダヤ人の彼女も理解しています。けれど、日本と聞いて私が無意識的にすぐ耳を傾けてしまうように、彼女はユダヤ人と聞くと耳を傾けてしまうのです。

 彼女はイスラエルをサポートしている訳ではありませんし、今回のイスラエルの行動について反対しています。あの人たちは同じ宗教でも違う考えの人たちだから、と割り切れる人はいいですが、彼女のように、不快な気持ちになっている人がいることも事実です。私は、どちらの友人の気持ちにも共感します。

 ハッシュタグや投稿の力はムーブメントに繋がり、署名運動の広がりや、大きな影響力を持つ有名人が意見を発信しやすい環境を作ることができます。女性差別について反対し、政治的にも影響力を与えた、# Me Tooはこのいい例だと言えます。一方で、記事をシェアすることは、誰かを傷つける可能性があることを忘れてはいけません。


 私は今パレスチナで起こっていることは間違っていると思います。パレスチナにただ生まれただけの人が無差別に被害を受けていて、死者も多く出ています。また、パレスチナからの攻撃により、イスラエルでも死者がでていることも事実です。記事をシェアすること、意見を書くことについて批判している訳ではありませんが、他の地域で暮らすイスラエル人やユダヤ教徒の人の気持ちもしっかりと考え、行動する必要があると私は思います。

 ホストマザーにも相談をし、私が出した結論はどちら側にも立たない、意見を持たない、マーチにも参加をしない、ということです。この問題についてしっかりと理解したいです。けれど、その思いを友達にシェアすることはしないと思います。この私の行動について、間違っている、という意見もあると思います。実際、数人の友人は私の決断について、意見を伝えてくれた人もいました。私はイスラム教の友人も、ユダヤ教の友人も心から尊敬しています。目の前で傷ついてる人を知った以上、私はこれ以上行動しない、という決断をしました。みなさんはこの問題について、どう行動していますか?



Happy Mother’s Day

 母の日には、ダブルプレースメント(別の国からの留学生と同じホストファミリーに滞在すること)しているイタリア人のSofiaとホストマザーにお花とお手紙を送りました。

 私たち3人は一度話を始めると止まりません。放課後家に帰り、おやつを食べながら話していたら、もう夜ご飯の時間!なんてこともよくあります。

 先日母と電話した際に、このことを伝えると、「そんなにお話で盛り上がれるってことは、ホストマザーがあなたとソフィアのことを、外国から来た小さな女の子としてじゃなくて、しっかり一人の人として見てくれて、意見を聞いてくれてるからだね。」と返ってきました。

 私はこの言葉にとても共感しました。私たちの英語は完璧ではないし、まだ未成年です。けれど、ホストマザーは同じ目線で話してくれている気がします。だからこそ、私たちは持っている考えが違うときは、しっかり一人一人の意見を聞くことができているし、冗談を言って笑い合うことができているのです。

 ホストマザーには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。毎日学校であったことを話したり、進路について相談したり、ただ大きな夢を話したり、、、私が何かで詰まっているときに、ホストマザーと話をするといつも解決の道を教えてくれます。日本のお母さんとやっていたことを、同じようにホストマザーともやっていて、本当にもう一人のお母さんを得た気分です。

 Sofiaの帰国は6月末なので、3人で過ごせる時間は後1ヶ月強しかありません。毎日を大切に過ごしていきたいです。



最後に

 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 コロナについて話すと、最近は感染者が今までにないスピードで急増していて、第三波か、とも言われています。学校には通常通り通えていますが、来週から始まる学校対抗のラグビーのトーナメントは、無観客となってしまいました。外部のランニングクラブではハーフマラソンのトレーニングが始まりました!ハーフマラソンは正式に走ったことがない距離なので、少しドキドキですが、練習を楽しむことを忘れずに走っていきたいです。

 ケープタウンは冬に入り、雨も多ってきました。次の1ヶ月には、ターム2の大きな試験があるので、その試験で悔いのない結果を残せるようにしたいです。MATHとLife Science頑張ります、、!!


(文章・写真 2021年南アフリカ派遣H.T.さん)

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