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今も活きる留学で培った力 永田万結さん(1998年アメリカ派遣)

更新日:2021年3月29日

 これまでに数多くの人たちが高校生交換留学プログラムに参加してきました。OB/OGたちの進路やキャリアは多岐に渡っており、それぞれの分野で活躍し、社会に貢献しています。

 今回インタビューを行ったのは、1998年にアメリア派遣プログラムに参加された永田万結さんです。永田さんは交換留学プログラム参加後、日本の大学に進学された後、現在は公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院にて看護師として勤務されていらっしゃいます。

 高校時代の留学経験がどのようにキャリアに影響を与えたのか伺いました。

 

永田万結さんプロフィール

三重県四日市市出身

鈴鹿中等教育学校高等部1年次の1998年夏よりアメリカに留学。帰国後2年次に復学。2001年4月神戸大学医学部保健学科看護学専攻に進学。同大学卒業後2006年より看護師として病院勤務を開始。2014年に感染管理認定看護師を取得。現在は公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院に勤務。




視野を広げ経験を積みたいと志望した高校留学


Q.交換留学プログラムに参加しようと思ったきっかけを教えてください。

 私は三重県の四日市市で生まれ育ち、地元にある中高一貫の進学校に進学しました。地方都市ということもありますし、6年間同じ環境で学ぶことによって視野が狭くなるのではないか、という危機感が両親にあったようです。また、教育方針として自分の血肉になったものだけが何かあった時に自分を助ける、物を買い与えるよりも経験を与えるという考えを持つ両親でした。そのような背景から高校留学を私に勧めてくれました。

 私としても、自分の視野を広げるいい機会だと思って参加を決めました。日本での生活に不満を感じていたわけではないですが、留学を開始してみると、日本の学校生活に窮屈さを感じていたことに気付いたので、潜在的に変化を欲していたのかもしれません。


Q.派遣国をアメリカに選んだ理由を教えてください。

 実はアメリカを強く希望していたというわけではありません。そもそも高校留学を志望したのは経験を積む目的だったこともあったので、絶対にこの国に行きたい、というようなことはありませんでした。中学3年生で応募しようが、高校2年生で応募しようが同じ選考内容だと知ったので、一番募集人数が多かったアメリカで応募したというのが正直なところです。元々私は、自分が走りたいコースを探すよりは、与えられたコースを頑張って走ることができるタイプだったということもあると思います。


Q.留学当時から理系だったのでしょうか。

 当時からすでに看護の道に進みたいと考えていたため、理系で大学受験をする準備をしていました。とはいえ、特に留学に対しては躊躇はありませんでした。ただ、在籍校には留学扱いを取ってもらい、復学時には単位を認定してもらって進級したので、勉強が丸々1年抜けたので帰国してからの苦労はありました。例えば、理科の複数科目を受験勉強として進める余裕がなく1つに絞ったため、受験できる大学が減るなどはありましたね。



1単語1単語調べて取り組んだ学校の課題


Q.留学生活で苦労したこと・大変だったことを教えてください。

 当然苦労や大変だったことはありましたが、留学から20年経っているので、いい思い出ばかり覚えていますね(笑)。

 やはり英語は大変でした。英語の授業ではジョージ・オーウェルの「動物農場」が課題として扱われました。共産主義についての物語だったので、英語の難しさは元より、内容も困難でした。私の留学当時はインターネットも普及していなかったので、紙の辞書で1単語1単語調べながら読み進めたので、毎日夜中まで勉強していたことを覚えています。

 また、ホストファミリーはシングルマザーとホストシスター1人の家庭でした。私の事も大切にしてくれたのですが、やはり2人の絆が強かったので、うまく入っていくことができずに苦労をしたこともあります。


Q.逆に一番思い出に残っていることはなんですか?

 アメリカでは、Sweet Sixteenと言って、16歳のお祝いを盛大に行う伝統があります。飲酒などができるようになるのは21歳ですが、16歳になると車の免許取得ができるようになったりするため、自立に向けた1つの節目の年齢としてのお祝いです。私は高校1年生15歳での留学だったので、現地で16歳の誕生日を迎えました。ホストファミリーや現地の友だちなどたくさんを招いたパーティーを開いてくれてたのは、本当に特別な体験でした。

 また、私が派遣されたのはマサチューセッツ州の田舎だったのですが、移民も多い地域でした。リベラルな雰囲気があり、私に対しても快くコミュニティ内に受け入れてくれる土壌がありました。そうした環境で留学生活を送れたことは幸運だったと思います。



高校留学をしても変わらなかった希望進路


Q.帰国後の進路選択について教えてください。

 前述した通りですが、留学前から私は看護師になりたいと思っていました。高校留学したらもっと海外に出たいとか、何かクリエイティブな方面に興味が出るかもしれない、など進路が変わる可能性があると思っていました。ところが留学後も気持ちは変わらず、やっぱり自分は看護師になりたいんだ、と確信が得られました。

 当時、看護師を目指す場合は専門学校や短期大学への進学が主流でした。看護を学べる大学自体が少ない上に、医学系大学が多かったです。そのような中で私は、様々な学部がある総合大学への進学を希望していました。同じ分野の人とばかり触れ合うことで視野を狭めたくないという気持ちがあったためです。更に志望校選択では、自分の学力に対してちょっと挑戦となるようなレベルの大学を選びました。こうした背景には留学体験で培ったものが影響していると思っています。



Q.看護師になられてからのことを教えてください。

 入職後10年目まで、救命救急センターで勤務し、その後色々な診療科でキャリアを積みました。看護師には認定看護師という制度があります。看護師の専門性を高め、全体的なケアの質を上げようと日本看護協会が行っているもので、クリティカルケア、緩和ケア、手術看護など多岐に渡る分野で設定されています。救命救急センターで働いている際に、感染症で運び込まれてくる患者さんたちがいました。自分が学ぶことで救える命があるのではないかと思い、感染管理認定看護師を取得しました。

 当然ながら取得当時は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような感染症がこれほどまでに世界中で猛威をふるうことになるとは想像もしていませんでした。コロナ禍においては、感染管理認定看護師として、患者・職員への感染を防ぐシステム構築に参画し、臨床現場での実践、必要な物資が不足する中での対策の指導など、対応にあたってきました。

 報道等を見ると、現場の看護師の声として、大変だとか、辛いとか、心が折れるとか、そういった悲鳴のようなものを見聞きすると思います。確かにそういった側面はあります。業務量が増えていますし、精神的な負担も大きくなっていると私も感じています。ただ、それだけではないとも思っています。もっと大きな視点で見ると、一生に一度あるかないかという世界規模の危機において、求められている役割に就いています。責任感ということもありますが、それ以上に、この一連の経験はコロナ後の私自身にも、そして社会にとっても大きな意味を持つと思っています。こうした目の前のことだけではない視点を持ち、前向きに捉えることができているのも留学経験のおかげです。



高校留学という選択肢を知ること


Q.高校留学の経験は今の自分に、どのように影響を与えていますか?

 友だちが増えたということが大きいですね。アメリカでの交友関係ということももちろんですが、帰国後に参加したOB/OG会(アラムナイ会)の活動でも色々な人に出会うことができました。帰国当時、高校生だった私にとって、大学生や社会人と知り合う機会は他になく、色々なことを教えてもらったり、繋がりをつくることができ刺激を受けました。今も新しく出会う人と知り合っていくことに抵抗を感じないのはこの時の経験があるからだと思っています。

 自分とは異なる分野で頑張っている人たちとの繋がりがあるというのは大事だな、と感じています。自分も頑張ろう、と刺激を受けますし、自分のことも見てくれていると思うと背筋が伸びますね。



Q.留学を考えている高校生にメッセージをお願いします。

 私は、誰しも全員が高校留学に行くべきだとは思っていません。留学しようがしまいが、どちらでも良い。ただ、高校留学という選択肢があると知っていることは大切だと思っています。そして留学そのものの体験だけではなく、留学がその後も影響を与える可能性もあって、行く前には見えない部分がたくさんあるということも知った上で決断して欲しいですね。もしこれを読んでいるのが親御さんであれば、そういう選択肢があるという情報は、ぜひお子さんに提示してあげて欲しいと思います。

 私は、高校留学に行っていなくても看護師になっていたと思います。でも、留学に行っても看護師になった、ということが私の人生にとっては意味を持ちました。だから留学に行ってよかったな、と思っています。留学に行くにしても、行かないにしても、後悔のない選択にして欲しいですね。

 

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