【高校生交換留学体験談】S.Sさん(フランス派遣)最終回

最終更新: 11月10日

連載でお伝えしている、EIL高校生交換留学プログラムにてフランスに滞在中のS.Sさんの留学体験談。


フランス生活も、7カ月目となったSさん。フランスに来て2回目のバカンスでは、ホストファミリーとのパリ観光や、日本食パーティなど、存分に楽しんだ様子を綴ってくれました。

残り3カ月の予定だったSさんの交換留学プログラムですが、新型コロナウイルスの影響で、大変残念ながら、早期終了となってしましました。そのため、Sさんの連載は、今回が最終回となります。

Sさん、素晴らしい体験談を、ありがとうございました!


これまでの投稿はこちら:

Part.1 「日本を出発!サンマロでの現地研修~長期滞在先ナントでの留学生活がスタート!」

Part.2 「フランスに来て2ヶ月。フランスの学校制度や、ホストファミリーとの生活」

Part.3 「バカンス休暇がスタート!気になる過ごし方や、フランスが抱える社会問題について」

Part.4 「フランス生活4ヶ月目。悔いのない留学生活を過ごすために、考えたこと。」

Part.5 「フランスのクリスマスと、お正月。」

Part.6 「お互いの文化について、たくさん触れることのできた1ヶ月。」

今月で私がフランスへ来て7ヶ月がたちました。もう200日以上も経ったと思うと、とても早く感じます。今月は2週間のバカンスがあり、家族や友達と多くの時間を楽しく過ごしました。


今回のバカンスは前回のクリスマスバカンスとは違い、学生が主で、私のホストファミリーは私とマザーと3つ下のホストブラザーの3人はバカンスで、2つ上のブラザーとファザーは学校、仕事でした。その為、私とマザー、ブラザーの3人でパリへ5泊6日の旅行に行きました!初めてのパリ観光でとても楽しかったです。


ファザーのお兄さん家族がパリに住んでいて、旅行中はお兄さん家族のお家でお世話になりました。パリではルーブル美術館を1日回ったり、エッフェル塔、凱旋門、シャンゼリゼ通り、サクレクール寺院など様々な歴史的な建造物などを見て回りました。私のマザーは元々パリに住んでいてパリについて詳しかったので、色々歴史を教えてもらったりしながらとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。また最後の日にはファザーのお兄さん家族に対して、泊めてくれたお礼に簡単な日本食を作りました。皆、気に入ってくれとても嬉しかったです。パリでの毎日は時間がとても早くすぎ、毎日がとても充実していました。また将来フランスに来たいと思えた旅行でした。

また友達と街へ出掛けたり、お友達のお家で遊んだりなど沢山楽しい時間を過ごしました。1番嬉しかったのは、仲のいい友達3人で集まった際に、彼女達からプレゼントを貰ったことです。前々回のバカンスでは3人で集まり、一緒におにぎりなど日本食を作り遊んだのですが、前回のクリスマスバカンスでは3人の予定が合わず、今回のバカンスで少し遅めのクリスマスプレゼン私は彼女達にいつもの感謝の気持ちを込めて、自分で作った折り紙や手紙などと日本のお菓子をプレゼントしました。すると彼女達から私達からもと私へプレゼントをくれました。彼女達はいつもとても優しく、何かあったらいつも助けてくれ本当に感謝しています。


先日、バカンスが終わる最後の金曜日に、マザーとマザーのお友達を招待し、合計6人でお家で日本食パーティをしました。マザーとお昼から料理を用意し、テーブルを日本風に飾り付けをしたりなどとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。私の住んでいる街にはアジア、日本食のお店がいくつかあり、材料を手に入れることができ、様々な料理を作ることが出来ました。アペリティフではテリヤキのチップス、おかきなどを食べ、会話を楽しみました。その後、前菜で寿司と味噌汁を作りました。以前に寿司を作った時には、炊飯器がないので、お米を作るに手間取ってしまったのですが、その後ファミリーと数回、お米を作るつれて、やり方が分かるようになり前回の何倍も早く用意することが出来ました。そのあとのメインで日本のカレーを作りました。フランスのカレーとは違うそうですが、皆美味しいと喜んでいました。またデザートには先月も作った抹茶ケーキと、ぜんざいと、団子を作りました。ぜんざあは、小豆を煮る所から時間をかけて作り、美味しくできたのでよかったです。フランスでは小豆を甘く食べることがなく、あんこなどをとても面白く思ったそうです。また途中、プチ折り紙教室をしました。マザーのお友達の方に鶴の折り方を教え、一緒に作って楽しみました。簡単な日本語も一緒に教え、日本の料理や、文化について沢山話してとても楽しかったです。日本の料理を作り、またとても楽しんでもらえて、とても嬉しく、私もとても楽しかったです。料理や、様々なことを通して日本について伝えていけたらなと思います。


また、3月6日はホストファザーの誕生日で、3月8日はホストファミリーのいとこの誕生日で、3月7日に誕生日パーティを私達のお家でしました。前回の日本食パーティが好評だったので、今回も寿司とカレーを作り、ホストファザーのお姉さん家族と一緒に料理を食べ、楽しみました。今回も、折り紙でデコレーションをしたりなど日本風に様々な飾り付けをしました。皆、料理や飾りをとても気に入ってくれて嬉しかったです。私はファザーに誕生日プレゼントとして手作りのバースデーカードをプレゼントし、またいとこには名前を習字で書いてプレゼントしました。2人ともとても喜んでいて私も嬉しかったです。料理を説明したり、お箸のマナーや様々なことも紹介し、沢山会話をすることが出来、とても楽しかったです。


この文章を書いている途中、ある一通の連絡が来ました。「もしかしたら帰国になるかもしれない」と。最初、頭ではわかっていましたが、気持ちの整理がつきませんでした。その時は学校の休み時間で、気持ちが抑えられず泣いてしまい、友達にも伝えると一緒に泣いてくれました。すぐホストファミリーにも連絡がいき、お家に帰り、マザーに会うとまた涙が止まりませんでした。そうなるかもしれないとは思ってはいましたが、いざ、実際その立場になると頭では分かっていても感情が溢れてきました。今回のことは誰も悪くはありません。〜のせいだと言うわけではなく、C’est la vie フランスの方がよく使う表現で、直訳するとこれが人生だという意味ですが、これが人生、だからこそ人生なんだ。ということです。私は毎日後悔をしないようにと意識して毎日を過し、小さなことでも必ずMerci というようにしていました。私は7ヶ月という時間の間で後悔はありません。しかしただ家族への感謝とまだ一緒に過ごしたいという気持ちがありました。マザーもこのことを誰かに伝える度に涙し、その度に私も泣き、ありがとうと言い合っていました。帰国が決まってからはできるだけ家族との時間を過ごせるように、パッキングなどは夜に行い、朝起きてからはずっと家族と過ごしました。3ヶ月の期間でしようとしてたことをこの1週間で悔いのないようにしようね。と、料理をしたり、お喋りをしたり、この1週間は泣いたりもしましたが、1番笑った1週間でした。マザーが「これが辛くなるとはわかってた、けどこれはお別れではなくて、私たちが日本へ行く理由も出来たでしょ」と言ってくれ、辛かったですが、私も日本に帰ってもフランス語を自分で勉強したりし、必ず戻ってこようと決めました。フランスでは学校が休校になると決まり、きちんとお別れが出来なかったので、その前に友達がお家に来てくれたりして時間を過ごしました。いつも私が困った際には助けてくれた友達にも本当に感謝の気持ちでいっぱいです。皆、同じように日本に必ず行くからね、’on se verra’ と言ってくれました。

今回、3ヶ月という時間を過ごせずに帰ってきてしまいましたが、だからといってフランスでの思い出が少なくなったわけでも、学んだことが少ないわけでもありません。今まで過ごした中で得たことは本当に沢山あり、沢山の方と触れ合うことが出来ました。フランスの多様性や文化、世界の広さ、自分の無知さ、毎回このレポートに書いていたように様々なことを学び、沢山の気づきがありました。私にとってはフランスは家族もいて、友達もいて、まさに第二の母国です。フランスでの経験は私の人生において、多くのことを教えてくれました。


そして私が1番この留学で思ったことは「国籍や言語が違っても家族になれる」ということです。上記にも述べたように私はホストファミリーにとても感謝しています。初日私はフランス語があまり話せず戸惑っていましたが、優しくみんな私にビス(フランスでの挨拶)をし、家族の一員として歓迎してくれました。あの日のことは今でも忘れません。ホストファザーがその日に「Je suis très content de te voir」(私はあなたに会えてとても嬉しい)と何度も言っていたのを今でもとても覚えています。マザーも駅からおうちまでの間車でフランス語が分からない私に対してゆっくりと、丁寧に色々な事を説明してくれ。ブラザーたちも私の荷物をもってくれたり、日本の話をしてくれたり、最初から最後まで私を本当に家族のように受け入れてくれました。私は留学に来る際、世界を知りたい!と自分の学びたいことでいっぱいでした。しかし実際に来てると「家族」という存在が日々の中でとても大切で重要であることをとても実感しました。ある時フランスの友達に「あなたは家族が大好きなの本当に伝わってくる。多くの人はホストファミリーのことを言う際に、ma famille d’accueil 私のホストファミリーという風に言ったりするけど、あなたは必ずma famille と言っていたよね。それはあなたが彼らを本当にの家族のように思う気持ちから来てると思うよ」と言われました。その通りで私はホストファミリーの事を言う際に ‘ma famille’ 私の家族と言います。それくらいホストファミリーは私にとっては実の家族のようで、本当に感謝でいっぱいです。私が先生から褒められたら、自分の事のように喜んでくれたり、私が悩んでたらとても心配してくれたり。7か月前に会ったばかりの遠い日本という国からきた私をここまで想ってくれた家族には心から感謝しています。


最後の日。朝起きて、マザーとファザーがいるリビングへ行き、ファザーが私の好きなクロワッサンを買ってきてくれていました。朝ごはんを食べる前に私は2人へ自分で作った手作りのメッセージカードを渡しました。渡すとすぐ感極まって泣いてしまいましたが、ファザーは読むとすぐに「ありがとう。あなたはありがとうといっぱい書いてあるけど、感謝するのは私たちの方だよ。本当にありがとう」そう言ってくれました。涙は止まりませんでしたが、私は精一杯のありがとうと言い、ファザーは用事があったので朝お別れをしました。出発する準備をし、ブラザーたちにも手紙をあげました。読むとありがとう、と笑顔で言ってくれ、これ部屋に飾るね!絶対忘れないから。と言ってくれました。マザーも私はあなたに会えてとても感謝してる。私の娘になってくれてありがとうと言ってくれ、私が準備をしている間に手紙を書いてくれ、飛行機で読んでねと渡してくれました。お別れをする前にそれぞれ写真を撮り、私はお家を出発しました。フランスでは新型肺炎に対する措置で外出が厳しくなっており、全員は行くことが厳しく、マザーと15歳のブラザー3人で駅へ向かいました。最後の最後まで2人は私を見送ってくれ、最後に「Merci beaucoup 」と言い、電車が出発しました。それからの数日はまだ現実をハッキリとは受け止められず、何度も涙し、心苦しい日々が続きました。しかしある友人が「涙するほど思える関係になれたのはとても凄いことだよ、それだけ感謝してるってことでしょ。そこまで想えるなら必ず会えるよ」そう言ってくれ、私も今は悲しい気持ちを持つのではなく、前を向いてフランスに戻ってきた時に笑顔で再開ができるように頑張ろうと思うようになりました。日本に帰ってもマザーに教えてもらった料理をお家で作ったり、国際電話をしたり、フランスとの連絡は絶えず取るようにしています。この留学で得たものは一生の宝物です。本当にこの機会をくれてくれた沖縄県や支えてくれた家族友人、そしてフランスでの方々に感謝しています。フランスで学んた事をこれからの生活に生かしながら、また必ずフランスへ戻ることを目標にこれからも頑張ります。本当にありがとうございました。


(写真、文:2019年度フランス派遣生 S.Sさん)

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そしてその体験がその後にどう活かされたかを伺いました。

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